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新型肺炎の正しい恐れ方【Dr.村中璃子のからだノート】

子育ては24時間365日のオンコール。「病気だって休めない」あなたと、 あなたの大切な家族を守るため、医療や健康にまつわる知識を身につけよう。

最初はないと言われた「ヒトヒト感染」

2019年末、中国の武漢から新型コロナウイルスによる肺炎の流行が始まりました。当初は、武漢の市場の関係者に起きていることから、感染源は市場で売られている動物で、流行も武漢周辺だけ。ヒトからヒトへの感染の証拠もなく、国際的な警戒の必要性は特になさそうだという話でした。

状況が一変したのは1月13日、タイの首都バンコク郊外の空港で、武漢から到着した中国人観光客女性からウイルスを検出したことでした。3日後の16日、今度は神奈川県に住む、武漢帰りの中国人男性からもウイルスが検出されました。日本の病院に入院、すでに回復して退院していたと発表されると「ヒトヒト感染」の疑いはさらに高まりました。男性には市場への訪問歴がなかったからです。

17日、イギリスの研究グループが、中国政府発表の患者数200人(当時)は過小評価で、推定患者数は1700人と緊急報告。続いて、タイから2例目、韓国からも初めての患者が報告されると、中国は「ヒトヒト感染」を公式に認めました。ところが、直後のWHO(世界保健機関)の会議では、国際的緊急事態の宣言を2度見送り。しかし、流行拡大はおさまらず、中国は武漢市を封鎖する事態にまで発展しました。1月30日、WHOはやっと「緊急事態」を宣言しています。

メディア情報から新感染症を読み解くコツ

さて、この記事が皆さんに届くのはだいぶ先であることを考えると、いま書いたことはすべて古い話になっていることでしょう。しかし、今回のテーマは、新型肺炎の最新知識のまとめではありません。新型コロナのように、人類が経験したことのない感染症(新興感染症)が出現した時、私たちはどのように情報を集め、状況を判断したらよいかです。

以前わたしは、WHOの新興感染症チームで「噂の監視」という仕事をしていました。感染症に関するインターネット報道やSNSをモニタリングする仕事です。流行発生の初期の、まだ本当に新しい病気なのか危険なウイルスが原因なのかも分かっていない段階で、もっとも情報が早いのはメディアです。WHOというと世界の感染症の流行状況を最もよく把握している場所だと思うかもしれませんが、実はそうでもありません。たとえば、病気の発生が疑われるニュースがあった時、まずは現地調査や病院での検査が行われます。結果がまとまるとやがて政府に報告が上がってきますが、またそれを政府が検討し、WHOに報告すべき内容だと判断して初めてWHOに報告があります。つまり、実際の病気が発生してWHOに正式な情報が上がってくるまでには大変な時間がかかるからです。

「噂の監視=メディア情報の読み解き」は、コツさえわかれば誰にでもできます。まず、ニュースの中で「事実」はどの部分かを考えます。次に、情報のあいまいな部分に注目します。たとえば、「市場の関係者に多い」というけれど、では市場に関係ない患者はどこから感染したのか、「ヒトヒト感染の証拠はない」というけれど市場に行っていない患者が出たのはなぜかといった具合です。記事に書かれた事実のほかに、記事に「書いていない」事実が何であるかを落ち着いて考えれば、誰もが早いうちから、相当に多くの情報を得ることができるのです。

2020年1月31日現在、新型コロナウイルスの感染力はSARSより低く、致死率は中国の公式報告に基づいても2〜4%。致死率10〜15%だったSARSより低いと推定されています。しかし、ウイルスは、遺伝子を変異させ強毒化することもあります。そのため、この記事が届く頃までに流行がどのくらい拡大したのか終息したのか、まったく予測がつきません。ただ、確実なことが1つだけあります。それは、新型コロナについて今よりもずっと多くのことが分かっていることです。政府やWHOの発表や対応を待つことも大事ですが、情報が確定するまでには時間がかかります。政治的な配慮のあることもあります。情報の受け手である私たちひとりひとりが積極的に噂の監視を行うことを通じ、どんな新しい病気が現れても正しく恐れ、正しく身を守っていくことが大切です。

 

村中 璃子さん
医師・ジャーナリスト。京都大学医学研究科非常勤講師。世界保健機構(WHO)を経て、メディアへの執筆を始める。2017年、ジョン・マドックス賞受賞。著書『10万個の子宮』(平凡社)。
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