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赤ちゃんは、石器時代に生まれたつもりなんです【きかせて、子そだて】

ボルネオ島の熱帯雨林で、長年オランウータンの研究をしていた、久世濃子さん。2児のママでもあり、娘たちを連れての調査も行っていました。オランウータンの子育てってどんなもの?人間とはどう違うの?お話を伺いました。

乳幼児だった我が子を おんぶして、熱帯雨林へ

オランウータンの調査では、乳幼児だった我が子を連れて、ボルネオ島の熱帯雨林にも足を運びました。実は、小さい頃の方が連れていくのも楽だったんです。抱っこやおんぶをしていれば大人しくしていますし、特に体調を崩すようなこともありませんでした。熱帯雨林といっても、森の中は木陰なので意外と涼しく、夏ならむしろ日本の街中の方が暑いんじゃないでしょうか。実は一番困ったのは、娘たちがある程度大きくなって、自己主張が激しくなり、「行きたくない!」と言い出したこと。言葉が通じないとか、同世代の友達がいないとか、つまらなくなって、最後の2~3年は嫌々でした。

今、大きくなった娘たちは、「現地で親しくなった、私の友達に会いたい」とは言いますが、オランウータンや森には特に興味がないみたい。小さい頃から環境に触れていても、その対象を好きになるかどうかは別のようです。むしろ私が「人間の子よりオランウータンがかわいい」と言ってしまっているので、ライバル視しているかも。「お母さんはオランウータンと私たちのどっちが大切なの?」という感じですね(笑)。

オランウータンは少子化と ワンオペ育児の大先輩

基本的に1回に1頭の子どもしか出産しない霊長類の中でも、オランウータンは究極の「少子社会」。平均7・6年に1回しか出産せず、産まれた子どもはメスが完全に「ワンオペ育児」で育てます。母親は誰の手を借りることもなく、1対1で手厚く約8歳まで子どもをケアするのです。

…というと、素晴らしい母性を持った母親のようですが、実はそんな子育てが可能なのは、オランウータンの赤ちゃんが、母親の手をわずらわせない「いい子」だから。産まれた瞬間から自力でお母さんにしがみついて移動し、ギャン泣きすることも、駄々をこねることもありません。ある程度大きくなって自分で動けるようになっても、お母さんが次の木へ行こうとするとキューキューと泣いて駆け寄り、勝手にウロウロして迷子になるようなこともないのです。

私は、泣き叫ぶ我が子を前にし、「人間の赤ちゃんも黙ってしがみついていてくれたら、どんなに楽か!」と何度も思いました。

では、人間の赤ちゃんはなぜこんなに泣くのでしょう?

オランウータンも含め、類人猿は基本的にワンオペ育児。お母さんだけで子どもを育てるように進化してきたため、他の個体は手が出せません。だからこそ赤ちゃんは、母親をわずらわせないよう「いい子」なのですが。  しかし、人間は「共同保育」をするように進化しました。農耕が始まる前の狩猟採集社会(日本では縄文時代以前)を想像してみてください。赤ちゃんが泣いたとき、世話をするのはお母さんだけではありません。お父さんやきょうだい、祖父母や共同生活をしている仲間も世話をします。お母さん以外の人間が赤ちゃんに関われるのが、ヒトの子育ての特徴なんです。だから、赤ちゃんが泣くと、みんなが気になって振り向くのは当たり前。赤ちゃんが泣くのは、お母さんだけでなく、周りの大人全員の注意を引きつけたいからなんです。

人間はお母さん以外の個体が子育てに関わるのが前提で進化してきたのに、現在の子育て環境はそこから離れてしまっています。だから、赤ちゃんが泣いたとき、全部お母さんを求めているように見えてしまうんです。それだと、お母さんもつらいですよね。赤ちゃんは今でも石器時代に生まれてきているつもりなんです。だから、人間の赤ちゃんは泣くのですね。

正解は一つじゃない 子育てする動物たち
オランウータンをはじめとする霊長類から、イヌ・ネコなどの身近な哺乳類、鳥や魚、アリまで、知られざる生き物の子育てを紹介することで、相対的にヒトの子育ても解説。語ってくれるのは、全員自身も子育て中の研究者なので、各人の子育てコラムも必読です。齋藤慈子・平石界・久世濃子編、長谷川眞理子監修、東京大学出版会発行

久世 濃子さん
1976年生まれ。2005年に東京工業大学生命理工学研究科博士課程を修了。博士(理学)、NPO法人日本オランウータン・リサーチセンター理事。著書に「オランウータン~森の哲人は子育ての達人」(東京大学出版会)、2021年度青少年読書感想文全国コンクール課題図書「オランウータンに会いたい」(あかね書房)など。
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